べっかん

ヤマグチジロウの諸々の別館。長文を書きたいお年頃。

快進撃とレノファ山口のお話。

 

やあ、ヤマグチジロウだよ。

いやあ、劇的だったね。劇的だった。何がって? レノファ山口に決まってるだろう?
去る昨日、11月23日にJ3での優勝そしてJ2への自動昇格を決めたレノファ山口だよ。
あ、どうも山口県出身のヤマグチジロウです。顔と名前だけでも覚えて帰ってくださいね。
ともかくレノファ山口がJ2に昇格したんですよ。これは大変なことだよ。
大洋ホエールズが山口を離れてから50年以上、山口県は独立したプロスポーツチームというものとは無縁の土地だったんですよ。その長い長い空白の歴史を塗り替えたのがこのレノファ山口なんですよ。そのチームの晴れ晴れしいめでたい一日だったわけですよ。

軽くその歴史を振り返ってみましょうか。
元々は山口県サッカー教員団として中国地方のリーグと県のリーグを行ったりきたりをしていたチームだったんですが、それを起源としてクラブチームを発足したのが2006年。当面はJFLへの昇格を目指して引き続き中国地方リーグで活動していました。
当時まだ山口県在住だった僕ですが、全国に散在したサッカーのクラブチームの情報を眺めては「山口にはこういうのないんかな~」と思っていた矢先、なのか時期を同じくしてなのか詳しく覚えてはいないですがとにかく一番興味を持っていた時期での発足だったので僕は見守ること決意したのです。
とはいえ、そんなに簡単に昇格するというわけにはいかず、加えて中国地方のリーグ情報なんてそうそう入ってくるものではなかったので、ローカルニュースで取り上げられる情報や公式ホームページをチェックするぐらいの見守り具合だったわけですがね。
そんな具合に見守りつつ、住居を変えつつもなんとな~くチェックするという僕の日々は続いていたわけですが、その間もチームは健闘しつつも一歩及ばぬといった感じで依然活動を続けており、大きな動きがあったのが2013年。新たにJ3を発足するという発表があり、そちらへの加盟へ向かうということになり、僕自身も「もしかしたら入れるんちゃうか」と身を乗り出してしまったものです。
結果としてはJ3選考には惜しくも漏れてしまったのですが、JFLのチームが減った関係もあり、そちらへの昇格というがっかりながらも一歩前進といった形に落ち着いたのですね。
それから一年でJ3への昇格を決め、昨日の劇的な優勝へと繋がるわけです。

 


もちろんその道が平坦だったわけはなく、J3への昇格条件である「JFL年間4位以内、且つJリーグ百年構想クラブ内で2位以内、平均観客数が原則2000人以上」という中の年間4位以内が決定するまで最終戦までもつれ込むというヒヤヒヤな展開を制し、今年の優勝もまた最終戦までもつれ「おいおいまたかよ」とヒヤヒヤさせられるなんともエンターテイメント性に満ち溢れたチームなんですよ。

さて劇的劇的とさっきから言っておりますが、いったい何が劇的だったの? とお思いでしょうが、もちろん前述の優勝決定が最終戦までもつれるといっただけでも十分劇的なんですがさらにさらに劇的な、もうほんと劇的な試合だったんですよ。
2位の町田ゼルビアと勝ち点で並び、得失点差でなんとか1位をキープして優勝には「勝てば文句なし、引き分けか負けなら町田の試合結果次第」という状況の中始まった最終戦。
前半2分であっさり先制を許してしまいなんだか不穏なムード、後半に追いつくもまた点を加えられ1-2でアディショナルタイムへ。この時点で町田も同点だったためこのままでは優勝はない。といった展開でサポーター達はヒヤヒヤの最高潮だった。そんなアデショナルタイムの際の際。本当に終わる直前に平林輝良寛ミドルシュートが決まり、優勝を決めたのだ。
これを劇的と言わず何を劇的と言おうか。

J3加盟年での優勝、昇格はもちろん(2年しか歴史がないからね)初の快挙。チームのほとんどがJ1はおろかJ2での経験もない選手であり、今年の快進撃を見て慌ててJ2のライセンスを申請するという本当にまさかまさかの優勝だった。
さあ、こんな破天荒で面白いチームを応援したくなったんじゃない? 僕はもう幼少からの仲でこちらでも親交のある友人を誘って味の素スタジアムに行く気満々だよ。いやしかし、東京に出てきて数年経つけども味スタでレノファ山口が見れる日がこんなに早く来ようとはね。励みになるなあ。

それでは。